時代は大きな曲がり角に立っている。世界を見渡せば、未来への希望を思う前に、先の見えない不安が陰を濃くしてひろがっている。虚ろな思いの底から、鮮やかな色彩とともにこの絵が浮き上がり、迫ってきた。
アンドレ・ドラン(1880~1954)の『アルルカンとピエロ』――。1924年頃の作。画商ギョームの発注により描かれ、ピエロはギョームがモデルだと言われる。縦横175センチほどの大きな作品で、今ではパリのオランジュリー美術館が所蔵する。
アルルカンとは、イタリア発祥の即興喜劇・コメディアデラルタの道化役のことで、パッチワークさながら、小布を張り合わせたような衣装に身を包む。絵の中の左側の男がそうだ。作品のタイトルにもなったことから、この絵のイタリア趣味は一目瞭然だが、ドランは1921年にイタリア旅行を経験しているので、その成果とも見てとれる。
ドランはもともとフォービズム(野獣派)の旗手として20世紀画壇に登場したキレッキレの前衛画家だった。一見すると、この絵は具象画だし、古典的素材を用いているので、前衛画家のドランが、どうしてこのようなクラシカルな絵を手がけたのかとの疑問が湧く。
だが、よく見ると、いろいろと奇妙なことに気づく。とても、イタリアの劇場から外に出て来た男二人をただ写したような、単純な絵ではないのだ。
男たちはマンドリンとギターを抱えている。だが、その楽器には弦が張られていない。つまり、楽器はあっても、音は鳴らないのである。地に捨て置かれたようなバイオリンに至っては、持ち主の不在がことさらに意識させられる。「無」、ないしは「不(否定)」があちこちで炸裂しているのだ。
丘の向こうからひょいと現れたような二人の表情も複雑だ。憂いを秘めて、少しも楽しげでない。人を笑わせるのが勤めであるアルルカンとピエロに、笑顔が全くないのである。その出で立ちを以てその場にずっと佇むことを罰として与えられた、永遠の罪人のようですらある。
しかし、男たちの表情を除けば、一方では、ひどく明快なのだ。陽は燦々と降り注ぐ。雨はおろか、霧にも靄にも縁のないような、乾ききった明るさが支配する世界……。人物を始め、事物の輪郭はくっきりと明瞭で、フォルムがしっかりしている。アルルカンの衣装など、万華鏡でも覗いたように明るい色彩に満ち、哀しいまでに鮮やかだ。
二人の立つ丘も、背景の山々も、木は一本も生えていない。緑なすものと言えば、画面左下隅に描かれた亜熱帯風の草があるばかり。しかも、これが不思議というか不気味というか、禍々しい意思を秘めているかのような怪しげな代物だ。
現実感を喪失した世界。まるで白日夢でも見ているような落ち着かぬ気分に、喉の渇きを覚えてくる。道化師たちから享受する筈だった楽しさは一向に訪れぬまま、きりきりと胸が痛みだす。そして思う、古典絵画の要素を借りながら、これはまぎれもない20世紀絵画なのだと……。
ドランは教養人で、大変な勉強家だった。学びを重ねるにつれ、作風も多様に変化、成長を遂げた。1904年から06年までを中心とするフォービズム時代に始まり、その後は、キュビズム風あり、セザンヌ風あり、シャルダン風の静物画その他の古典回帰ありと、さまざまなスタイルの絵を残したが、どれも技量は高い。
かつ大事なことは、時の振り子を過去に傾けているようでいて、作品を描く画家の魂はあくまでも現代の画家のそれであったことだ。古典と現代が折衷し、溶け合うように見えながらも齟齬が生じる、そのあてどなさそのものが、今日的なリアリティを生むのである。
1920年代、ドランは既にフランス画壇の大家だった。当時、パリを拠点に、エコール・ド・パリ派を中心に現代絵画のコレクションを続けていた福島繁太郎も、現地でこの『アルルカンとピエロ』を見て、「一生を通じての傑作の一に数えらるべき」作と絶賛している。
ドランのこの絵が描かれてから百年が経過した。古典と現代を掛け合わせて時代に問うたこの作品自体が、既に「古典」に属する時代となった。
だが、ドランのこの絵が放つ圧倒的な力は、音なき音楽を奏で、笑いを喪失したコメディを演じながら、明瞭さの陰に隠れた闇を、鋭く21世紀の今日に問うているように思えてならない。