タイトル

第67回 表

「ゴイェスカス」の響き
ゴヤ『エル・ペレーレ(藁人形)』の語るもの

作家 多胡吉郎

 「ゴイェスカス」をご存じだろうか。「ゴヤ風の」という意味。もちろん、スペインの巨匠、画家のフランシスコ・デ・ゴヤ(1746~1828)にちなんだ言葉である。
 実は「ゴイェスカス」とは、スペインの作曲家、エンリケ・グラナドス(1867~1916)が作曲した曲の名である。ピアノ組曲として1911年に作曲され、1915年にはオペラにもした。「恋する若者たち(恋するマホとマハたち)」という副題をもつ。
 グラナドスは、アルベニスやファリヤと並び、近代スペインを代表する作曲家。「ゴイェスカス」は、クラシック・ファンの間でもそうは知られていない曲だが、美術と音楽の接点という視点からは、大事な作品になる。
 グラナドスが愛したゴヤの作品からインスピレーションを受けて作曲されたが、具体的にどの絵からどの曲が生まれたというような、直接の関係性は基本的にはない。
 ただし、唯一の例外がある。『エル・ペレーレ』と題された曲で、オペラ作曲に際して作られ、後からピアノ組曲に追加された。これは明確に、藁人形を意味するゴヤの同名の絵画をもとにしている。
 ゴヤの絵を見よう。アンダルシア地方の民族衣装に身を包んだ娘が4人、風呂敷のような大きな布(ロンパース)をひろげて、トランポリンのように、藁人形を放り上げる。祭りのような場でよく演じられ、また独身に別れを告げる儀式でもあったと言われる。
 ゴヤがこの絵を描いたのは、1791年から92年にかけて、40代半ばの頃だが、もともとは、カルロス4世の部屋に飾るタペストリーのデザイン画として描かれたと伝わる。今ではマドリッドのプラド美術館に収められている。
 初めてこの絵を知った時、私は藁人形であると思わず、人間の男が宙に浮いているのだと錯覚してしまった。人形といっても、ちゃんと服を着て、顔もあり、靴まで履いているので、ぐにゃりと曲がった体の姿勢には不自然な歪みを感じたものの、実際の男だと勘違いしたのだ。
 伝統の遊戯であれば、微笑みをもって見ればよいのかもしれない。だが、私は初見時の「錯覚」にこだわりたい。これは、女と男を象徴する暗喩なのではないか――
 この遊戯自体、素朴な庶民の暮らしにあって、男たちに負けない女性たちの陽気な活力を表している。人形とはいえ、男の表情が虚ろで、何とも哀れ極まる。放りあげられたり落とされたりと、女に弄ばれる男の哀れさを感じてならない。牧歌的な時間に浮き彫りにされた、男と女の性の縮図とても言おうか。背景の空も、青空にところどころ黒い雲が差し掛かって、嵐の予感を含んだような明暗のバランスがなんとも微妙なのだ。
 美術史的に紐解くと、男の藁人形がまとう青のコートやヘアスタイルは、当時のフランス流の最新ファッションを写しており、フランスまねびに忙しいスペイン人に対する皮肉、批判があるという。また、1780年代、時の国王カルロス3世によって、女性たちが教育を受ける機会を与えられるなど、上げ潮ムードに転じた女性たちの力を意識しているともされる。
 ゴヤは1786年、カルロス3世付きの画家となり、1789年には新王カルロス4世のもとで宮廷画家となっている。『エル・ペレーレ』の絵には、ゴヤの鋭い人間観察と社会批判の眼差しが裏打ちされているが、それを他ならぬ王の部屋に飾ろうというのだから、ゴヤという男、一筋縄ではいかない心の持ち主である。
 グラナドスの「ゴイェスカス」について付け加えておこう。オペラの初演は1916年、当初希望したパリ公演は第一次世界大戦のために果たせず、ニューヨークのメトロポリタンオペラで行われた。公演に立ち会ったグラナドス夫妻は、大成功の後、帰路につくが、英仏海峡でドイツの潜水艦の魚雷を受け、船もろとも海の藻屑と消えた。
 ゴヤは60代になると、『戦争の惨禍』という版画シリーズを制作するなど、社会批判の目をさらに研ぎ澄ませ、戦争を描くに至る。ゴヤに憧れ、ゴヤ風=「ゴイェスカス」を作曲したグラナドスと、時代を超えてこだまを交わし合うようなさまに、悲しい響きを聞く気がしてならない。

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