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第63回 表

笑う門には福来る
 〜笑顔の画家、フランス・ハルス~

作家 多胡吉郎

 笑門来福――四字熟語があるくらいだから、中国由来の諺かと思いきや、実は和製の言葉で、正月の福笑いが起源だという。笑う門には福来る――。確かに正月には何度となくこの言葉を見聞きする。
 笑いは日本にあっては美徳のひとつとして肯定的にとらえられ、古くは土偶、その後も寒山拾得図や木喰仏その他、美術にも積極的にとりいられてきた。
 ところが、西洋美術においては、笑顔を描いた絵画は決して多くない。西洋美術はキリスト教とともに発展してきたので、宗教的な厳粛さに重きが置かれ、笑いはタブーとされたようだ。肖像画にもその伝統は受け継がれ、歯を剥き出しにして呵々大笑などというのは、西洋美術のモラルからいうとNGなのである。
 今では、写真撮影の際に、「ハイ、チーズ」という呼びかけとともに、女性の多くが軽く口を開いて白い歯を見せるが、西洋の肖像画では、歯を出すなどはもとより、微笑みさえも敬遠されてきたのである。敢て微笑みを描くとなると、『モナリザ』のように、ひどく謎めいて、どこか面妖な感じになりかねない。
 ところが例外的に、笑顔を描く天才とされた画家がいる。フランス・ハルス(1580頃~1666)――。黄金期のオランダを代表する画家のひとりで、専ら肖像画を描き、しかも笑顔が多く、豊かな表情が魅力的である。
 『笑う騎士』(1624 ロンドン・ウォレス・コレクション)は、その中でも最もよく知られた笑顔の傑作である。豪奢な衣装に身を包んで胸を張る男が、カイゼル髭も誇らしげに、こちらを向いてにっこりと笑う。よほどのよいこと、嬉しいことがあったのだろう、してやったりと喜びをあらわにしている。
 本来、きらびやかな衣装の精緻な描写だけでも、目を見張らされる筈が、見る者の視線は、どうしたって男の表情に吸い寄せられてしまう。
 しかも、この男の笑いは、決して下品ではない。嫌らしくもない。徹底した世俗主義を旨とするオランダ絵画の中には、岡場所のような所で、女衒(ぜげん)や美人局(つつもたせ)、そして客が、いかにも下卑た笑みを浮かべているものがある(かのフェルメールにすら、その手の笑う絵がある!)。
 だが、このハルスの絵は、そういう淫靡な影をまとっていない。いかにも健やか、爽やかな笑みに、騎士の男は顔を輝かせているのだ。
 主人公の騎士が大口を開けていないことから、『笑う騎士』というタイトルに難癖をつける向きもないではない。『微笑みの騎士』とすべきだというのである。
 しかし、このタイトルは、ハルス自身によるものではなく、19世紀後半に後世の人間がつけたものであるし、そうでなくとも、何とも愉快そうな、生気に満ちた男の表情は、「微笑み」という甘い言葉でくくるには、強烈でまぶしすぎる。唇は閉じられていても、胸の中で、男はワッハッハ、ウヒャヒャヒャと、高笑いを響かせているに違いないのだ。
 大口をあけた笑いの絵をお望みの方には、『笑う少年』(1625頃 マウリッツハイス美術館)をお届けしよう。
 頬と唇を赤く染め、鼻の頭にもほんのりと赤みを浮かべて、開かれた口からは健康そうな歯がのぞく。いたいけな子供の、満面にはじける笑み……。喜びが爆発し、くしゃくしゃになった、はじけんばかりの笑顔である。まさに「破願一笑」という言葉通りの、あまりにも人間らしい、あからさまで正直な感情の発露……。
 これほどに純粋な笑顔は、他の画家の作にはあるまい。打算も追従も、企みもわざとらしさも、人間社会にはびこるあらゆる悪徳は、ここでは無縁だ。無垢の少年ゆえ、いっさいの汚れから無縁なのである。
 西洋美術の常識から外れながらも、こうした笑顔を描き得たハルス……。笑う門には福来るという日本の諺を聞かせたならば、膝を打って喜ぶこと請け合いである。
 最後に余談をひとつ。笑門来福は中国の諺でないと記した。その代わり、中国には「笑一笑十年少」という言葉がある。ひとたび笑えば十年若返るとの意……。できれば、一度きりの人生、おおいに笑ってすごしたいものだ。

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