笑顔の画家、フランス・ハルスについてもう少し書こう。先に笑う男(『笑う騎士』)と笑う子供(『笑う少年』)とを見たので、笑う女性が見たくなり、探してみた。
単独の肖像画としての女性像もあるにはあるが、男性や子供の場合ほど、その笑いは単純ではない。見目の麗しくない、健やかでない場合が多いのだ。
例えば、『マッレ・バッベ』(1633年~35年頃 ベルリン絵画館)――。ビア・ジョッキを抱え、大口を開けて近くの者に笑いかける様子は、正直、少しも美しくない。見る者をして、微笑みにいざなわない。とてもではないが、「笑う門には福来たる」などとは言えないのである。
「マッレ」というタイトルに付された言葉自体が、「気の触れた」とか「精神を病んだ」という意味をもつ。実はこの絵は、オランダのハーレムにいたという実在の人物を描いたもので、ありていに言えば、アルコール依存症だった女性である。肩にフクロウが載るのも、酩酊の象徴だからだという。
ハルスの作品以外にも、『マッレ・バッベ』と題するものがいくつかあるので、それなりに有名な存在であったのだろう。しかし、それが作品の題材になる時、どうしても、過飲を戒める昔ながらの教訓が滑り込んでくる。これは、対象が女性である場合に、特にそういう色を帯びることになってしまう。
見目の心地よい女性の笑いはないかと探すと、単独の肖像画ではないが、『イサーク・マッサとベアトリクス・ファン・デル・ラーンの結婚肖像画』という作品に出会うことができた。1622年頃の作で、アムステルダム国立美術館が所蔵する。
しかるべき身分の、裕福な男女の結婚を祝う絵なのであろう。男性は凛々しさの中にも、望ましい妻を得た幸福感が笑みとなって顔に出ている。人生の充実を感じさせる、活き活きとした表情が印象的だ。
女性は、歯こそ見せぬものの、ピンク色の唇は逆さ「へ」の字に曲げられて、積極的な笑いをこぼしている。溢れる幸福感が結晶したような瞳の輝きがまぶしく、愛らしい。さりげなく夫の体に両手が添えられているのも、親密さを表していて微笑ましい。
両者ともに、高笑いや馬鹿笑いとも、また含み笑いとか忍び笑いといった消極的、婉曲的な笑いとも違う、溌溂とした前向きな笑いを浮かべている。
莞爾とした、曇りないこの笑顔があれば、二人の将来も明るいに違いないと、そう思わせるに充分な、ハルスの絵筆なのである。
単独の笑顔の肖像画でなく、家族や友人たちといった小集団の笑顔を描くとなれば、この人も捨てがたい。ヤン・ ステーン(1626~1679)。オランダのライデンに生まれ、ユトレヒトやハーグなど、いくつかの都市を渡り歩いたが、最後は故郷のライデンで死んだ。
ステーンの家では醸造を営み、また宿屋も経営していたというが、そういう生活上の基盤から、独特のエネルギッシュな絵画が生まれたことは議論の余地もなかろう。
代表作のひとつ、『陽気な家族』(1668年 アムステルダム国立美術館)を見れば、たちまち絵画から雑然とした色や音、匂いなどが立ち上ってくる。音楽が鳴り、酒が酌み交わされ、高歌放吟する者がおり、赤ん坊や犬までが加わって、いささか野放図というか、勝手し放題の奔放ぶりの中に、庶民のヴァイタリティが活き活きと描かれている。
そこでは、愉楽の当然の表れとして、いくつもの笑顔が描かれる。気取った笑顔ではない。くつろいだ日常に立ち現れる、偽らざる人間の生が笑いとなって発現するのだ。
『親に倣って子も歌う(大人が歌えば子供が笛吹く)』(1665年 マウリッツハイス美術館)も、同工異曲の作品で、雑駁なエネルギーが横溢している。
この絵は、3代にわたる画家自身の家族がモデルだと言われる。画面右手、我が子にパイプをふかせようとして、大笑いしている父親が画家自身と伝わる。
『陽気な家族』以上に、家族全体がくつろぎすぎと言うか、羽目を外しすぎな感を受けるが、その過剰さには、タイトルに明らかなように、親がふしだらでだらしないと、子もそれを真似をするという道徳的な教訓が含まれていると推定される。
しかし、そこは現世主義に裏打ちされた風俗絵画を多く生み出したオランダ絵画である。理屈の上では宗教的、道徳的なエクスキュースを用意しつつも、真に描きたかったのは、現実の生活を謳歌する、笑いに満ちた庶民のエネルギーそのものだったのではないかと、思えてならないのだ。
さて、男性や子供に比べ、女性の笑顔を描いた絵画が少ないことは、先にも記した。絵画に描かれた笑う女性となると、素直な健やかさよりも、はしたなさを優先的に感じてしまう、旧来の道徳律から無縁ではいられない。
ところがユニークというか、興味深いことに、笑いを描く女性画家はいたのである。ユディト・レイステル(1609~1660)――。オランダ黄金期を代表する女性画家で、ハーレムの生まれ、マイスター称号をもっていたので、自身のスタジオをもち、弟子をとることができた。
生涯の詳細にはよくわからない点もあるが、絵画の均質性、また、同じくハーレムで活躍したことから、ハルスの弟子だったのではと推測する向きもある。
例えば、代表作の一つ、『子供の肖像』(1630~1640 カッラーラ美術館)を見てほしい。この絵を見て、ハルスの『笑う少年』との類似を感じない者はいないだろう。大口を開けて大笑しているわけではないが、顔全体に笑みが溢れ、ひろがる。
天衣無縫な無邪気さが爆発したようなハルスの少年に比べると、キュートな甘さが目立つのは、女性ならではの母性的眼差しのゆえであろうか……。
『陽気な酒飲み』(1629年頃 アムステルダム国立美術館)もよく知られた作品だ。かつ、やはりハルスとの近似性を、しばしば指摘される。
ジョッキを斜めにしているのは、ほぼ飲みきったことを示しているのだろう。鼻の周辺が赤らみを帯び、目がとろんとしているのも、既にしこたま痛飲したことを物語る。
男の手前に置かれているのは、タバコと、喫煙道具としての小型の火鉢……ということは、この絵は、酒とタバコの過剰な摂取を戒める道徳的教訓に一応は沿って描かれたことを意味している。とはいえ、実際の出来栄えを見れば、戒めよりも現世的な快楽、幸福を謳歌しているように見える。
『21歳の頃の自画像』(1630年頃 ロンドン・ナショナル・ギャラリー)という絵では、バイオリンを弾く男を描く画布を前にした画家自身の姿が描かれている。バイオリン弾きの男は、高笑いにしどけなく表情を緩ませるが、その男を描く女流画家は、口元を少し開けて、品のよい微笑みを浮かべている。笑いと微笑みがこだまを交わし合うようだ。
笑顔の溢れたオランダ絵画界にあってなお、女性の笑顔は教訓から脱しきれず、不自由や難しさを抱えていた時代に、笑顔を描く女流画家が存在したという事実そのものに、驚きを禁じ得ない。奇蹟を見るようでもあり、また、どこか歴史のアイロニーを感じさせられなくもない。
この時代のオランダ美術の現実的風俗画の伝統の上に、他人の追随を許さぬ独自の境地を築いた天才画家に、フェルメール(1632~1675)がいる。世界的にも、そしてとりわけ日本では大変な人気を誇るが、このフェルメールが意外にも(?)笑う人物をいくつか描いている。
例えば、『取り持ち女(1656年、ドレスデン・国立絵画館)――。女衒(ぜげん)の中年女が、愛想笑いなのか、事の成り行きにご満悦なゆえなのか、いかにも狡猾そうな薄笑い浮かべながら、若い女性を男性客に取り持っている。客の男の右手は若い女に金(コイン)を握らせようとしており、左手は既に女の胸に当てられている。女の左手には酒を注いだグラスが握られており、金と酒と甘言によって、女は今まさに篭絡されようとしているのだ。
オランダの風俗画では、よく見られる場面ではあるが、笑いという点では、画面左手の男が、グラスを手にこちらを向きつつ、不気味な笑いに口を大きく開けているのが何とも気になる。取り持ち(交渉)における男の役割はいまひとつよくわからないが、一説によれば、この男はフェルメール自身がモデルだという。
売春窟の淫靡な空気が澱むなか、雷光でも一閃したように、男が歯を見せて笑う。主体的存在としてその場に関わるのか、客観的な立場をもって性が取り引きされる現場に立ち合っているのか、正確なところは不明だが、取り持ち女ともども、黒い衣装に身を包みつつ、笑いが強烈な印象を放っている。
この絵は、画家の24歳の時の作品なのだが、1650年代のこの頃、若き日のフェルメールはこうした性の現場での男女を描いた風俗画をいくつか手掛けている。
『兵士と笑う女』(1658年~59年頃、ニューヨーク・フリックコレクション)しかり。『2人の紳士と女(ワイングラスを持つ娘)』(1659年~60年頃、ヘルツォーク・アントン・ウルリヒ美術館)しかり。それらの絵に登場する若い女性が、いずれも笑みを浮かべているのだ。
一見すると無邪気な笑いのようにも見えるが、その場の成り行きを思うと、複雑な思いに駆られる。商売女が手練手管で計算づくの笑みをこぼすならばともかく、素人娘が男の甘言や金銭の誘惑に負けるのだとしたら、やるせない。危ない、危ないと、笑う女性に声をかけたくなってくる。
特に『2人の紳士と女』の女性は、鮮やかな赤い衣装と相まって、笑いが弾けたというか、爆裂したような顔でこちらを向く様子が、納得の難しい複雑な印象を残す。『取り持ち女』の左端の男と同質の過激な笑いが、画面に緊張感――軋みたつほどの衝撃を与えている。
対する男の好色そうな下卑たさまも印象的ではあるが、女の発する破壊的なエネルギーを前にしては、存在感が薄いと言わざるを得ない。
フェルメールがこの手の風俗画をよくものしたのは1650年代だが、時として現れるこの手の尋常ならざる激烈な笑いを目にすると、画家自身の魂の叫びを聞くような気にさせられる。繁栄を謳歌する一方で、オランダ社会が抱えた現実に対する悲鳴が、歪んだ笑いとなって画面に共鳴共振しているように思えるのだ。
1660年代に入ると、フェルメールは新たな画境に進む。売春窟の現場を除くような風俗画を離れ、思いを胸に貯めたような人物(特に女性)を描くようになる。我々が最も馴染んだ、フェルメール世界の誕生である。
晩年のこうした作品群にあっては、笑いは明らかに後退する。『手紙を書く女』(1665年頃 ワシントン・ナショナル・ギャラリー・オブ・アート)では、珍しく微笑みを浮かべた女性を描いているが、同じくこちら(鑑賞者)の方に視線を送るとはいえ、『2人の紳士と女』の女性とは雲泥の差がある。
しかも、この絵からは、叫びや悲鳴のようなものは聞こえてこない。ふくよかな思いのたゆたいが、静かで深い世界を形作るのだ。
17世紀、オランダ黄金期の絵画に現れた笑い――。宗教的倫理観や道徳に画面が支配されることを免れ、闊達な現実生活を描くところに結実したオランダ絵画にとって、笑いは現世的な生を肯定する大きな要素だった。
風俗画は量産され、さまざまな笑う人物が描かれたが、やがて、フェルメールという天才の出現によって、笑いは笑いを超えたのである。